心的外傷(4)

記事の要点

  • ジュデス・ハーマン著
    「心的外傷と回復」の概要
  • PTSDの基本症状
    過覚醒(警戒・不眠)、侵入(フラッシュバック)、搾取(麻痺)
  • 慢性外傷と複雑性PTSD
    長期反復性外傷は自己感覚や人格に
    深刻な影響を与え、
    複雑性PTSDとしてとらえられる
  • 回復と治療の視点
    安全の確立 → 外傷の想起・服喪
    → 通常生活との再統合の段階

*【】内の小見出しは、著者がつけたものです。

【PTSDについて】
「(本書は)性的及び家族的暴力の被害者を相手とする
臨床及び研究の20年間の果実である」

と、序の中に書かれているように、

心的外傷についてのこれまでの理解、
PTSD概念の成立に向けての動き、
PTSDの症状3つ、「過覚醒」「侵入」「搾取(麻痺)」について、

が具体的な例と共に
説明されています。

PTSDの症状3つは以下の通り。

「過覚醒」とは、
「同じ危険がいつ何時でも戻ってくるのではないか
という感覚がある。
生理学的過覚醒状態が
減衰することなく延々続く」という状態。

具体的には、
睡眠の質の低下、警戒性高進、
悪夢、非刺激性高進などの形で現れます。

「侵入」とは、
「危険が過ぎ、長時間がたっても、
外傷を被った人はその事件を何度も再体験する。
それはあたかも事件が
現在繰り返し回帰してくるかのようである」
「まるで時間が外傷の瞬間に停止したようである」
という状態で、
フラッシュバックや外傷夢として現れます。

「搾取」とは、
「麻痺」のこと。
「攻撃を受けた時に凍りついたような
不動状態になることがあるのがそれである」
と書かれています。

PTSDのこれらの症状は
その人自身に苦痛をもたらすだけでなく、

「自分自身についての感覚、
自己価値だけでなく、人とのつながりの意味合いや、
世界の安全性に関する基本的前提を積極的に破壊する」
自分の体験に意味を与えるシステムの基盤を空洞化する」

などの恐ろしいほどのインパクトをもたらします。

【慢性外傷について】
続いて、長期反復性外傷(慢性外傷)
についての話に移ります。

慢性外傷(長期反復性外傷)を受けた人達に
現れる状態は以下のようなものです。

「回避、あるいは搾取」
「解離」
「意思による思考の抑制」
「極端な過小評価、時には完全な否認」
「過去を語ることの拒否」
「主導性と計画立案力に搾取が起こる」
「外傷的なきずな形成」

そして
「急性単一外傷の被害者」が
事件後の自分は「自分じゃない」と思うとすれば、
「慢性外傷の被害者」は
自分は取り返しのつかない変化を被ったとか、
自分には自己があるという感じを失ってしまった
という感じを抱く、

とあります。

つまり、
長期反復性の外傷は
人格、あるいは「自分である」という感覚に
深刻な影響をもたらす、
ということです。

慢性外傷の被害者である虐待児については
1つの章を立てて詳細に説明されています。
そこに述べられている具体例は生々しく、
読んでいて、とても痛い・・。

被虐待児は過酷な生育環境におかれます。

「両親が冷淡さや無関心さを見せているのに、
両親へのアタッチメントを保たなくてはならない」
「被虐待児は虐待を正当化する意味体系を
作らなければならなくなる。
自分は悪い子で、それが原因なのだと
結論づけざるを得なくなり、
それにしがみつき続ける」。

そして、
「肯定的な自己と反対の自己、
その2つの自己同一性は統合がむずかしい。
マイナスの自己規定は
えせ自己(正常な見せかけを保つようにふるまっている自己)によって
カモフラージュされる」。
結果として
「安定した人間関係形成に欠けたまま、成人になる」。

こういった困難を抱えることになります。

「慢性外傷を受けた被害者の状態は、
通常の不安障害とは異なっている。
それはPTSDという診断概念でさえもぴったりではない」
と考え、
長期反復性外傷後の症候群に対して
「複雑性PTSD」という診断概念を提案しました。

【治療と回復】
続いて、
回復、および治療について
書かれています。

まず治療関係について、
「治療者・患者関係には一種の破壊的な力が繰り返し侵入してくる」
「恐怖体験だけでなく、孤立無援体験も外傷性転移に反映する」
と書かれています。

これは治療関係において、
加害者との関係が再演されうる、
あるいは加害者の感情への同一化が起こりうる、
ということです。

回復の過程は、
3段階に分けて書かれています。

「安全の確立」
「想起と服喪と追悼」
「通常生活との再統合」
の3つです。

まず何よりも第1段階では、
安全の確立がなしとげられる必要があります。

次の「想起と服従追悼」の段階は、
外傷のストーリーを語る段階で、
「どうしてこの私に?」といったことを
おっていく段階。

これは、「外傷を厄介払いすることではなく」、
「真実を語ることが自然回復力を持つ」という考えが
前提になっています。

3つめの「再結合」の段階は、
外傷的な過去との決着をつけた後の
未来を創造する、
ということが課題となります。

【「あとがき」と「エピローグ」】
「あとがき」においては

「誰かの人生の新しくなるところを目撃することは
私のような年寄りにとって、
「昔ながらのセラピー」しか出来ない古株にとって、
明日一日を生きる希望である」

とあります。

やや自嘲的に聞こえなくもないですが、
明日一日を生き延びるくらいの
ささやかな希望を手にすることが、
いかに難しく、
しかし次に確実につながることを
治療の実践を通して
実感しているのではないか、
という感想を持ちました。

そして「エピローグ」の最後には、

「80歳の誕生日がもうすぐだから、
この本を改訂することはもうないだろう。
ここに繰り返し書いたように、
言葉を奪われたものの証人になることの重責は
一人きりで担えるものではない。
だから最後にもう一度、心からの感謝を、たくさんの親友に。
・・・そして誰よりも、
私を信頼し、回復の証人と同盟者になることを許してくれた、
心的外傷を生き延びた人たちに」

と書かれています。

PTSDの治療や
そのための政治的な動きも含めて
相当な外的/内的な戦いを経てきたことだろう、
そして自分の歩みを止めようとする今、
周囲への感謝と共に、
自分の打ち建てたものや自分の人生を眺め、
そこにナルシシスティックに埋没することなく、
静かにたたずんでいる、
そんな姿を想像させます。

PTSDについてだけでなく
彼女自身の人生そのもの、
彼女のあり方そのものでもある本、
という印象を強く持ちました。
(つづく)

この記事を書いた人

福嶋裕子 臨床心理士・公認心理師(高円寺心理相談室アオイトリ)